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藤森神社
2006-06-27
摂政3年(203) 神攻皇后が新羅出兵から凱旋し兵器と旗を この地に納め 神を祀ったのが始まりとされています。
神功皇后・応神天皇・素戔嗚尊(すさのおのみこと)・
日本武尊(やまとたけるのみこと)など
勇壮な神々が祀られています。
この神社は 「菖蒲の節句」発祥の地で
毎年5月5日に「藤森祭」が行われています。
また 勝運と学問の神様として有名で
騎手や調教師ら競馬関係者の参拝も多いです。

宗鏡寺(2)
2006-06-25
宗鏡寺は 出石の町の東に位置する入佐山の麓に山名氏の菩提寺として明徳3年(1392年)
山名氏清によって創立させました。
山名氏滅亡後 宗鏡寺は荒廃しました。
元和2年(1616年)沢庵和尚によって再興され
以後 出石城主代々の菩提寺となりました。
本堂の裏にある鶴・亀を模した庭園は
沢庵和尚手作りと伝えられています。
昭和43年には 沢庵和尚が庵を建て静かに
生活を送ったとされる投渕軒が復元されています。
沢庵和尚ゆかりの寺として、「沢庵寺」とも呼ばれています。
沢庵和尚は
漬物の「たくあん漬」の作った人だと言われています。

宗鏡寺(1)
2006-06-25
宗鏡寺は 出石の町の東に位置する入佐山の麓に山名氏の菩提寺として明徳3年(1392年)
山名氏清によって創立させました。
山名氏滅亡後 宗鏡寺は荒廃しました。
元和2年(1616年)沢庵和尚によって再興され
以後 出石城主代々の菩提寺となりました。
本堂の裏にある鶴・亀を模した庭園は
沢庵和尚手作りと伝えられています。
昭和43年には 沢庵和尚が庵を建て静かに
生活を送ったとされる投渕軒が復元されています。
沢庵和尚ゆかりの寺として、「沢庵寺」とも呼ばれています。
沢庵和尚は
漬物の「たくあん漬」の作った人だと言われています。

'06伏見稲荷大社(2)
2006-06-20
伏見稲荷大社は 稲荷神を祀る全国4万社の総本宮です。和銅4年(711年)2月壬午の日に
秦伊呂巨(はたのいろこ)が勅命を受けて
伊奈利山三ヶ峯(稲荷山)に三柱の神を祀ったことに始まります。
現在の本殿は 応仁の乱で焼失した後に
明応8年(1499年)に再建されたものです。
稲荷山には信者から奉納された約一万基の鳥居があり
特に千本鳥居は名所となっています。
神域へと続く鳥居は 厳格な雰囲気を醸し出しています。

'06伏見稲荷大社(1)
2006-06-20
伏見稲荷大社は 稲荷神を祀る全国4万社の総本宮です。和銅4年(711年)2月壬午の日に
秦伊呂巨(はたのいろこ)が勅命を受けて
伊奈利山三ヶ峯(稲荷山)に三柱の神を祀ったことに始まります。
現在の本殿は 応仁の乱で焼失した後に
明応8年(1499年)に再建されたものです。
稲荷山には信者から奉納された約一万基の鳥居があり
特に千本鳥居は名所となっています。
神域へと続く鳥居は 厳格な雰囲気を醸し出しています。

ならまち(3)
2006-06-12
ならまちは 中世に元興寺を中心に作られた町です。鎌倉時代後半に市が開設され
奈良南部の中心地域として栄えてきましたが
門前市場としての活況は
皮肉にも元興寺の境内の解体、分断を伴いながら
商工人の店、住居が建ち並ぶようになりました。
京都とは また違った日本の古い町並みが残っています。

ならまち(2)
2006-06-12
ならまちは 中世に元興寺を中心に作られた町です。鎌倉時代後半に市が開設され
奈良南部の中心地域として栄えてきましたが
門前市場としての活況は
皮肉にも元興寺の境内の解体、分断を伴いながら
商工人の店、住居が建ち並ぶようになりました。
京都とは また違った日本の古い町並みが残っています。

ならまち(1)
2006-06-12
ならまちは 中世に元興寺を中心に作られた町です。鎌倉時代後半に市が開設され
奈良南部の中心地域として栄えてきましたが
門前市場としての活況は
皮肉にも元興寺の境内の解体、分断を伴いながら
商工人の店、住居が建ち並ぶようになりました。
京都とは また違った日本の古い町並みが残っています。

興福寺(3)
2006-06-08
法相宗の大本山として知られる興福寺。その前身は飛鳥の「厩坂寺」であり、さらにさかのぼると
天智朝の山背国「山階寺」が起源となります。
その山階寺は、天智8(669)年に藤原鎌足が重い病気を患った際に、
夫人である鏡大王が夫の回復を祈願して、
釈迦三尊、四天王などの諸仏を安置するために造営したものと伝えられており、
この名称は後世においても興福寺の別称として使われています。
その後、壬申の乱(672年)ののち、飛鳥に都が戻った際に、山階寺も移建され、
その地名を取って厩坂寺とされました。
さらに、平城遷都の際、和銅3年(710)藤原不比等の計画によって移されるとともに、
「興福寺」と名付けられたのです。

元興寺
2006-06-06
6世紀末に蘇我馬子によって飛鳥の地に創建された我が国最古の寺院である「飛鳥寺(法興寺)」が
元興寺の前身です。
後 平城京遷都によって
現在の地に移転され 寺名も「元興寺」と改められました。
かつては 南都七大寺として「東大寺」に続く勢力で
広大な寺域を持っていました。
現在の「ならまち」は 元興寺の境内でした。
しかし 平安時代半ば頃には勢力も衰え
明治時代〜昭和時代初期までは無住の寺となっていました。
現在の元起寺は 当時の面影もなく
「ならまち」の中にひっそりと佇んでいます。
4枚目の写真の赤茶の色の瓦は 我が国最古の瓦です。

出石(2)
2006-06-03
出石は 兵庫県北東部に位置する小さな町で但馬の小京都と言われています。
出石の歴史は古く「日本書紀」や「古事記」に名前が出てきます。
また出石は蕎麦が有名で
小さな町に 何十件もの蕎麦屋さんが軒を並べています。
出石は もともと蕎麦が有名だったのではなく
江戸時代 信州上田から仙石氏が国替えとなり来たときに
蕎麦職人も一緒に出石へ移ってきました。
豊岡市出石は
平成19年に国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。

