Ads by Google

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)

日牟禮八幡宮

 2006-10-04
伝記によれば 131年 
第13代成務天皇が高穴穂の宮に即位の折に武内宿禰に命じ
現在のこの地に大嶋大神(地主神)を祀られたのが
社の鎮座の始めとされています。

應神天皇6(275)年、天皇が近江に行幸されました。
その帰り 宇津野々辺(神社の近辺)に御座所が設けられました。
年を経た後 その仮屋跡に日輪の形を2つ見えるとの奇端があり
祠を建てて「日群之社八幡宮」と名付けられました。
持統天皇5(691)年には藤原不比等が参拝し
詠んだ和歌に因んで比牟礼社と改められた旨も伝えられています。

h-hatimann001.jpg

日牟禮八幡宮 の続きを読む

一言主神社

 2006-10-04
古事記・日本書紀では
雄略天皇と争い 土佐の地へ葛城一族と一緒に流されたと記されています。

764年 葛城氏の末裔・高賀茂朝臣田守らが
由緒ある一言主神社を戻してほしいという願いが叶えられて
高丘の地に葛城の神は再建されます。
高丘というのは、現在の森脇の地だと判明しているので
今の一言主神社がこの時再建されたものだとはっきりしています。

hitokotonuzi001.jpg

一言主神社 の続きを読む

≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫