2006-03-04
和銅3年(710)藤原不比等が平城遷都の際、藤原氏の氏神を祀ったのが起こりとされています。
神護景雲2年(768)現在の地に社殿を造営しました。
興福寺と同様、藤原氏が勢力を伸ばすにつれ盛んに社殿の造営が行われ、
平安前期に現在のような規模を整えました。
皇族や貴族の春日大社詣もさかんとなり、また中世以降になると庶民にも信仰がひろまり、
全国各地に御分社がつくられるまでになりました。
“万燈籠”で知られるさまざまな形の釣燈籠、石燈籠の多くは庶民が寄進したものです。
毎年2月と8月にすべての燈籠に火を入れる“万燈籠”の行事が行なわれ、
その幻想的な美しさに、多くの参拝客が訪れます。