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'06伏見稲荷大社(1)
2006-06-20
伏見稲荷大社は 稲荷神を祀る全国4万社の総本宮です。和銅4年(711年)2月壬午の日に
秦伊呂巨(はたのいろこ)が勅命を受けて
伊奈利山三ヶ峯(稲荷山)に三柱の神を祀ったことに始まります。
現在の本殿は 応仁の乱で焼失した後に
明応8年(1499年)に再建されたものです。
稲荷山には信者から奉納された約一万基の鳥居があり
特に千本鳥居は名所となっています。
神域へと続く鳥居は 厳格な雰囲気を醸し出しています。

平安神宮
2006-04-12
明治28年(1895年) 平安遷都1100年を記念して平安京大内裏の正庁を模して造られました。
本殿の裏に広がる広大な神苑は
東苑、中苑、西苑、南苑の4つに分かれた回転式遊苑で
明治・大正期の庭園の傑作とされています。
京都三大祭の一つ「時代祭り」は
平安神宮の創建を記念して行われるようになりました。

元伊勢・内宮(皇大神社)
2006-04-05
第十代崇神天皇三十九年(紀元前五十九年)に「別に大宮地を求め鎮め祀れ」との皇大神の御教えに従い
永久にお祀りする聖地を求め
それまで奉斎されていた
倭の笠縫邑(現奈良県桜井市)を出御されたのが
いまを去る二千数十年前の遥かな昔であった。
そして、まず但波(丹波)へ御遷幸
その御由緒により当社が創建されたと伝えられている。
皇大神は 四年ののち 御神蹟をおとどめなされて
再び倭へおかえりになり諸所を経て
崇神天皇二十六年(紀元前四年)に
伊勢の五十鈴川上の聖地(いまの伊勢の神宮)に
常永遠にお鎮まりになった。
しかし、天照皇大神の御神得を仰ぎ慕う遠近の崇敬者は
引き続いて当社を内宮の元の宮として
「元伊勢内宮」あるいは「元伊勢皇大神宮」「大神宮さん」などと
呼び親しみ
今に至るも庶民の篤い信仰が続いている。
(皇大神社のパンフレットより)

元伊勢・外宮(豊受大神社)
2006-04-05
丹後半島へ天下られた農耕の神様・豊受大神を天照大神が大江の地に祭られた時
同時に 豊受大神も祭られたとされています。
4年後 天照大神が更に大宮地を求めて出御された後も
豊受大神は この地に鎮座していました。
しかし 536年後の第二十一代雄略天皇二十二年の時
雄略天皇の枕元に天照大神が現れて
「丹波にいた頃が懐かしい豊受大神に会いたい」
といわれたので
現在の地に移されたと伊勢神宮の古記録にあります。
そこで 豊受大神社は伊勢神宮外宮の元宮とされました。
しかしながら豊受大神の御神徳を仰ぎ慕う
遠近の信者は引き継ぎ大神の御分霊を奉斎して
元伊勢豊受大神宮と尊称し
現在に及んでいるのであります。

